バージニア育児便り

バージニア在住主婦のつぶやきです。

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手伝い拒否の対処法。

こんばんは。
今日は午後からしとしと雨模様でした。
明日又寒くなるのかなぁ。
4連休もあっという間に過ぎ去りまたバイトと学校の生活が始まります。
1週間ぶりのバイトはきっとさぞ長く感じる事でしょう(笑)

聞いてないようで、聞いているのが子供。
この間も書きましたが、こごまが又私の言い草を真似しました。
喜んでいいのかな?
物を渡す時に「はい、こごま。お願いね」と私はいいます。
そして「これダディーにはいしてくれる?お願いね」とも。
今日こごまが私にお皿を手渡す時に「はい、はい、はい」と言いました。
嬉しいんだけど、なぜか複雑。
この複雑な気持ちどうしてなのでしょうか(笑)

ショックな事もありました。
こごまが虫を見て「a bug!」としっかり言ってます。
英語で出てきたのがショックなのじゃなくて、ちゃんと冠詞がついているのがショック。
この子はアメリカ人なのね(T_T)
アメリカで住み続ける以上英語はアメリカ人と同等でなければ困ります、それは十分分かっているつもりだけれどちょっとショックです。
でもここでくじけてはいけませんね。
少ないながらも日本語も出てきているのだから、こごまを信じよう。

「お願いね」の言葉で思い出しました。
こごまは自分の気分が向かない時は「No」としっかり意思表示します。
こごまに頼みごとをすると気分が乗ってる時は無言でやってくれます。
気分が乗らない時には「No!」とはっきり断ります。
そこで私の意見は、元々私が頼んだのだから断られたら仕方が無い私が自分でやる。
夫は親の言いつけなのだから、気分が乗らなくても聞くべき。
さぁどちらが正しいのでしょうか。

私と夫の意見の違いには育った環境がか・な・り影響していると思います。
恥ずかしながら私は親の手伝いは滅多にしませんでした。
夫は常に手伝いをしてきました。
今でも冬になると頼まれなくても毎朝早めに起きて仕事に出かける前に隣の義実家のヒーターに薪をくべていくし、週末はちょっと手伝ってくるとこごまを連れてお隣へ行く事もあります。
そして私はそういう家族を大切にする姿を見て夫を選んだつもりです。
こごまにも夫のように家族を思いやる男性になって欲しいと強く望むけれど、親の言う事を聞くことを徹底すればそうなるのかな。
親の姿を見て育つから何も徹底しなくても家族を思いやるように育つのでしょうか?
それともやはりある程度教え込む必要があるのでしょうか。

心の片隅で先輩ママに言われた「小さなうちから親の言う事を聞くようにさせないと後でなめられるよ。本当に気を付けて!」という言葉が引っかかっています。
やはりこの件に関しては夫の「親の言う事なのだから聞くべき」を採用するべきなのかな。
もちろん親がNOといったら徹底してNOです。
でも手伝いを拒否されたらどうするべき?
たかが手伝い、されど手伝い。
手伝いといってもゴミを捨てるくらいなので「これくらいで何言ってるの~」と笑われそうですね(笑)
今のところ私たちはこの件に関して話し合いを持ったことはまだありません。
でももう少ししたら足並みをそろえないといけない時期になると思います。
みなさんはどうしてらっしゃいますか?
手伝いを頼んだのは親、子供にも人権があるのだから断られたら仕方が無い、親がやるべき?
それとも、親の言う事は聞くべき。家族の一員なのだから持ちつ持たれつ、気分が乗らなくても助け合いの意味でもやるべき?
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Comment[この記事へのコメント]

 

おひさしぶりです!!こごまちゃん、自分の意思がはっきりしているんですね。お手伝いですが、私の勝手なイメージですが、アメリカ人(広すぎるたとえでスミマセン)の方は両親をとても尊敬しているでしょ?それってすばらしいと思うんです。私はやっぱり思春期に両親がうざったく、反抗していました。そして、私もお手伝いなんてしたことがなく、結婚してしまいました。そして知る親のありがたみ。それが日本人のふつうなのか・・・。と思うと、良いとは思えませんよね。パパさんの育ちが尊敬できるのであれば、それを信用しても良いと思いますよ!でも、こごまちゃんの年齢は何でも遊びにしちゃう年齢でもあるので、嫌がったときには無理にさせるんじゃなくて、ゲームにしちゃうとか。それでできたらほめてあげる。←まるで育児書のような意見だぁ。どちらかというと、怒らないほうが良いかなぁ、というのが私の意見です!!ご清聴ありがとうございました~!!
  • aiko 
  • URL 
  • at 2005.11.28 17:18 
  • [編集]

 

aikoさんへ。

こんばんは。
確かにこごまは「仕事」「やるべき事」「係り」などといった概念は全く無く、面白そうだから、気が向いたからやってるだけ(笑)
お手伝いが楽しいと思えたらどんなにいいだろうと甘い考えをしている私は、どうしても押す気になれないでいます。

でもaikoさんのお話を聞いて、私も夫も感じているように「強制するにはまだ早いのかもしれない」と思いました。
出来た時にはこれでもか~いうほど、拍手喝采で大喜びしているのですが、出来なかった時、やりたがらなかった時の対処法がつかめずにいます。
aikoさんのおっしゃるようにここは夫の意見を信用してみようかな。
3,4歳になれば少し「手伝い」が理解できるようになるかなぁ。
その時までに答えは出ていなくても、こういう方向に持って行こうというアイデアくらいは固まりつつあるといいのですが・・。
子育てって難しいですね。
小さなことの積み重ねなだけに、一つの事をおろそかにするのがとても怖いです。
  • ごま 
  • URL 
  • at 2005.11.29 14:03 
  • [編集]

 

子育てって、本当に育児であり、育自ですね。
親は、子育てを通じて、成長ができるのですねー。私はごまさんの記事を読みながら、ますますそう思ってしまいました。

お手伝いは、私の考えですが、決められたお手伝いというのは、気分がのらずともやるべきだと思います。
小さいけれど、一つの責任感を持たせて、仕事(お手伝い)をさせるのはとてもいいことだと思うのです。
そうして、簡単なお手伝い(お母さんが困ってるから、手伝って欲しい。お父さんには今手がいるからお手伝いして欲しい)場合は、4歳くらいになったら、思いやりの心を育てる上でも、理由がないかぎりは(他のことをしてるから手が離せないなど)、お手伝いさせたいと思います。
ただ、、4歳以下の場合、、気が乗らないのに、突然のお手伝いを無理矢理させる必要がるのか、、それは悩みますね、、正直言って。

責任感を養うためにも、決められたお手伝いは絶対にいいことだと思うんですよ。その決められたお手伝い(例えば、お皿を並べる)などは、どんなに気が乗らなくても、ちゃんとやらせたいって思うんですけどね。。
  • a gabby duck 
  • URL 
  • at 2005.11.29 18:19 
  • [編集]

 

はいた~い!

今日のヤンマーの記事とも関係するかな。「ゆいま~る」だと思うんですね。
共存・共栄、助け合いの精神です。

子どもにとっての最初の社会は家庭。
こごまくんは、家庭の中で社会へと羽ばたく練習をしているんですね。

家族の一員として、助け合いためのお手伝い・・・家族の一員として、おのおのの責任を果たすお手伝い。

「お手伝い」をどういった感覚で行っていたのか・・・家庭での刷り込みが社会での人となりに繋がると思います。
社会での労働意欲や貢献心、にも繋がるかもしれません。

強制労働的「手伝い」
責任・義務を果たし、自分も貢献できる人材であるという誇りとなるような「手伝い」
お互いで助け合う、思いやりから来る「手伝い」

こごまくんに育んでほしいものはなんでしょうか?

ごまさん夫婦同じ方向を向いて、歩んでいこうとしているところがいいんですよ。
向き合ったらダメね。お~え~するさ~ね~。
同じ方向を並んで見ているのがいいみたい。


  • ヤンマー 
  • URL 
  • at 2005.11.30 00:26 
  • [編集]

 

a gabby duckさんへ。

こんばんは。
決められたお手伝いは気分が乗らなくてもやるべき。
a gabby duckさんはそう考えてらっしゃるのですね。
「決められた」お手伝いという所がキーなのでしょか。
私が甘いのかもしれません。

私はこごまがもっと小さい時はお手伝いもがんがんさせて気のきく男性に育ってたい♪と思っていましたがいざとなると駄目だぁ。
なぜか申し訳ない気がして・・・。
お手伝いはいい事だと思うのです、ただ嫌がるのを無理やりさせていいのかなと感じてしまって。
それでも決められた事ならば無理でもさせる必要があるのかもしれないですね。

実際息子に「決まったお手伝い」であることを言い聞かせることが出来るようになるにはまだ少し時間があるので、もっとよく考えて決められた事は守る方向に進んでいきたいです。

ご意見本当にありがとうございました。
とっても参考になりました。
  • ごま 
  • URL 
  • at 2005.12.01 14:04 
  • [編集]

 

ヤンマーさんへ。

めんそ~れ~。
実はね、この間心理学のクラスの本で読んだのです、ボランティア活動などを子供にさせるとよい影響が生まれるというな内容を。
それを見て、こごまが学校に通うようになったらボランティア活動も経験させてあげたいなぁと思いました。
でも、外でのボランティアはある意味特別。その特別だけ頑張ってもしかたがない、普段家でどのくらい思いやりの心からボランティア(手伝い)が出来るかが勝負になるんじゃないかと考えていました。

私の中で責任や義務を果たすのは当たり前、その上に「思いやり」からくる手伝いを望んでいるのだと思います。
だから無理強いしてもそこに「思いやり」が生まれるのか?と疑問なのかもしれません。
誰だって強制されるのはいやですよね、でもどうやったら思いやりの心を育てる事が出来るのでしょう。

息子がもう少し大きくなり「決まり」を言って分かるようになった時には、決まりを守ってもらう予定ですが、思いやりの心を育てるのって正直どうやったらいいのかわかりません。
言葉で教えられるものなのでしょうか?
お手本を見せるのがやはり一番いいのですよね、きっと。
あ~難しい。
後数年考える時間があるのが幸いです。

向き合ったらダメ、同じ方向を並んで見る。
なるほどです。
どうしても向き合いを求めてしまいがちですが、どうにか同じ方向に進んでいく事を目標にします。
ありがとう、ヤンマーさん。
  • ごま 
  • URL 
  • at 2005.12.01 14:13 
  • [編集]

 

こんばんは^^

やっぱり異文化なんですね。
ごまさんのこの記事を読んで、以前「子供が子供らしくない」というごまさんの言葉を思い出しました。

私個人の意見ですが、まだこごま君は小さいので、無理にさせなくてもいいんじゃないかな~。大人だってやりたくない時があるのに、そんなに小さいんだからムラがあっても仕方ないと思います。そんな時は「じゃ、ママとやろうか」と一緒にやろうと誘ってみたり、それでもダメならママが諦めてやる(^^;
旦那様はとても親孝行でお手伝いもしっかりしてらっしゃる。そんなダディの背中を見ているこごま君は、ちゃんと家族思いの子に育ちます!と私は思うのですが....

それにしてもこごま君の冠詞凄いな~。
Souは相変わらず、Dog、Catの世界です。
彼はやっぱり日本人なのね(ToT)
  • Fuzzy 
  • URL 
  • at 2005.12.01 22:22 
  • [編集]

 

Fuzzyさんへ。

こんにちは。
Fuzzyさん、記事への感想ありがとうございます。
現時点ではまだ小さいので、ムラがあって当たり前、そうですね。
それは私も同感です。
大人の真似をしたり、いっしょに何かをするのを喜ぶ時期なので、Fuzzyさんの「一緒に」アイデアとても有効かも♪
上手に取り入れていきたいです^^

Fuzzyさんのおっしゃるように父親の姿を見て、思いやりを学んでくれるといいのですが。。。
子育てってすぐに結果が現れるものではないので、なかなか難しいですね。
いつも痛感させられます。

冠詞の事この間夫に聞いてみました。
「大人が子供に単語を教える時に常に冠詞をつけているけれど、これって冠詞なしだとどのくらい不自然なの?」という問に「別に不自然だと感じないよ」という返事でした。
周りが出来る事がまだ出来ないと遅れをとっているように感じるかもしれませんが、文章を書く時や文章で話すときなどにちゃんと冠詞が使えていれば大丈夫じゃないかしら。

学校で先生方が私の書いた小論を音読しているのを聞いてると、私が冠詞をつけ忘れたとしても勝手にその冠詞を補って読んでるのです。
それを聞いていつも「慣れなんだなぁ」と感じます。
たくさん英語に触れることで自然と身に着く部分が大きいかと思います。
FuzzyさんはSou君に英語に触れる機会をたくさん作ってあげているので、これからですよ、きっと^^
  • ごま 
  • URL 
  • at 2005.12.04 04:46 
  • [編集]

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  •  
  • at 2008.03.07 12:47 
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